ワンころコロ

アクセスカウンタ

zoom RSS もしも 大治郎が 風になったら・・・

<<   作成日時 : 2007/06/17 22:25   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 8

”千の風”

このまえ、テレビで 加藤登紀子さんが 歌っているのを 聞かせてもらいました。
もしや 亡くなった旦那様への 想いが込められていたのか なにか 私の心に 響くものがありました。
でも本当は この歌は 亡くなった 新潟市の主婦 川上桂子さんの 「いのちを守ろう!」という想いを伝え残したいという仲間達の文集から 生まれた歌だそうですね。
この詩には 英語の原詩があり それを新井満さんが 想いを込めて 日本語に起こしたのだとも聞きました。

そんな人々の想いの優しさと 私の勇気づけられた心を 文章にしたくなって 僭越ながら(勝手に) オマージュとして 書かせて頂きます。



  もしも この仔が 風になったら・・・


 もしも、この仔が 風になったら

 高い山の頂へと 翔け昇る 疾風に なるのだろう

 広い草原を 疾り抜ける 風に なるのだろう


 高い樹木の梢を 揺らし

 雪原の雪を 舞い上げる

 そんな風に なるのだろう


 草むらに伏したウサギの耳を 揺らし

 小鳥の背中を 掠めてゆく

 悪戯な風に なるのだろう


 夏山の木陰で 静かにまどろみ

 小さな花を 優しく揺らす

 そんな優しい風に なるのだろう 


 もしも その風に 会いたくなったら 

 高い山に 登れば良い

 広い草原に 出かければ良い


 そしたら 風は直ぐにやって来て 

 私達の周りを 走り回るのだ

  
 でも 本当は 


 風は いつでも 会いに来てくれる 

 寂しい時は 私達の頬を優しく撫でて 慰めてくれる

 膝にまどろんで 心を 暖めてくれる

 リビングに 野山の薫りを 運んで来てくれる


 そして いつか 私らも風になったとき

 共に 楽しく 空を渡ろう

 そして 遠い山まで 翔けて行くのだ



 その時が来る日まで

 吹く風に恥じぬよう 

 胸を張れるよう 生きていこう


 もしも この仔が 風になったら

 いつか 私が 風になったら



この詩を 大治郎と シェリーちゃん そして その親達に 捧げます。

そして 全ての 犬と暮らす人々と そのワンコたちに 捧げます。


父の日に 寄せて。

大治郎の父 より。


画像

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
もう 朝から泣かせないでください・・・
涙ぼろぼろです。 
もしも この仔が風になったら・・・本当に心を打つ詩です。

あの仔は風になってどこに行くのにも一緒にいる
いわきの海にも 会津の山にも 花の中にもあの仔はいます。  
そう思っています でもなぜか涙が止まらないの 
あの仔のことを考えると後悔と悲しみで心がいっぱいになるの。

その時が来る日まで
 吹く風に恥じぬよう 
 胸を張れるよう 生きていこう

うん、そうですね 向こうの世界に行ったら胸をはってあの仔に会いに行きます。

父の日にとてもステキな詩のプレゼントをありがとう!
花とわんこ
2007/06/18 09:53
花とわんこさん、泣かせて御免なさい。でも 泣かせたい気は 本当に無かったのですよ。私は シェリーちゃんは 幸せに生きて 幸せな一生を送れたのだと思っているから そう信じているから だから シェリーちゃんは 素適な風になっていると 思っています。
優しいシェリーちゃんの風が 花とわんこさんの そばで きっと 笑ってますよ^^。

私は前から 何故か風に親しみを覚えていました。ですから この詩は スラスラって 自然に出てきましたのです。やっぱり 風って そうなんだって思ったのですよ。

2007/06/18 22:38
うん。
昔飼っていたネコのことを時々ふっと想い出しては涙したり微笑ましく思って笑ったりするのですが、その時はきっと風が吹いていたのかも知れません。私の頬を撫でていたのかも知れません。
私は、千の風自体は実はさびの部分だけで、ちゃんと聴いたことがないのです。意味も内容も知りませんでした。でも、父さんの詩に触れて今回あらためて触れました。
風っていいですね。
キレ子のばぁちゃん
2007/06/19 22:12
大治郎ちゃんのお父様、詩人ですねぇ・・・ぐっと来ちゃいました。

我が家には立ち直っているように見えて、立ち直っていない母がおり・・・母はコーラスをしているのですが、そのお題が『千の風になって』だそうです。
「お母さん、この歌大嫌い。お父さんは風になんかなってない。本当に身内が亡くなったら、こんな気持ちになんかなれるわけ無い。これは、そういう経験の無い人が作ったんだ。」
などと、言っております・・・あぁ、お母さんひねくれちゃって・・・まだまだ、時間がかかりそうです。。。
SHIOSHIO
2007/06/20 20:00
キレ子のばぁちゃんさん>猫ちゃんのこと思い出しましたか?思い出すときって なにか近くにいるような気がすることって ありますよね。その時はきっと風が近くに来ているのかもしれませんよネ。
実は 私も某紅白は 見過ごした派 なので 加藤さんの歌で初めてフルコーラス聞いたのです。あのオペラ歌手さまには 悪いのですけど 私的には少し違うかもって思ってしまいます。(ファンの方、すいませんです)

SHIOSHIOさん>変な言い方になるのかも知れませんけど、実はお母様に賛成です。加藤登紀子さんの歌を聞いて感じたのは この歌は身内を亡くした人の歌ではなくて 先に亡くなる方が後に残す身内を思って 残す歌じゃないのかなということでした。先立つ人が 嘆くであろう身内の人を 慰め励ます気持ちが 綴られている様に思いました。

2007/06/20 22:38
↑の続きです。
実際は ”千の風になって”は活動的だった故人をしのんで 志半ばで倒れてしまったのだけれど その想いは仲間達や身内の方々に受け継がれ やがて広く世間に伝わっていくのだという 応援歌みたいなものなのかも知れませんね。本当に身内の方が作ったわけでもないし、確かに他人の見方なのかもしれませんね。
私も 祖母や従姉、叔父、叔母などを亡くしております。でも その方々がきっと優しい風になって 私達を見守ってくれていると思うと 心が慰められるような気もしています。
じつは この詩は 大治郎は先立ってもきっと 私達の傍に居てくれて励ましてくれるんだろうなという想いと きっと彼の魂は 風になって自由に飛び回るのだろうなという思いが 重なって 生まれました。
大治郎は何時までも 私たちの事を思って励ましてくれるのだろうなっていう気持ちから その思いに答える立場で 書いてみました。
自分自身への 応援歌みたいなものですかね、考えたくも無いけれど でも その時が来たら 読み返して、自分自身への励ましになったら いいですよねぇ〜あんまし 自信は有りませんけどね・・・

2007/06/20 22:57
大治郎パパ様、はじめまして。いつもブログの更新、







大治郎パパ様、はじめまして。いつもブログの更新を心待ちにしています。本当に優しいパパ様と、幸せそうな大治郎君に心を癒されています。これからも、出来ればマメに更新して下さいませ。遠く淡路島より。


源五郎ママ
2007/06/21 23:58
源五郎ママさん、はじめまして、いらっしゃいませ〜。
はい できるだけ 頑張って 更新させていただきます。
これからも よろしく 御ひいきに〜。

2007/06/24 20:59

コメントする help

ニックネーム
本 文
もしも 大治郎が 風になったら・・・ ワンころコロ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる